奥泉和也(クラゲ水族館館長)の経歴や結婚・子供は?出身大学・高校は?

情熱大陸で取り上げられるクラゲ水族館館長の奥泉和也さんとはどんな人物なのか?

世界中の水族館関係者からクラゲの飼育について
指導を仰ぎに来るという奥泉和也さんの気になる情報をまとめています。

奥泉和也(クラゲ水族館館長)の経歴や家族構成は?

  • 出身地:山形県鶴岡市
  • 生年月日:1964年
  • 年齢:55歳

1983年に山形県鶴岡市の農業高校を卒業後、
子供のころから釣りや魚が好きだったので加茂水族館に就職し、
アシカの飼育員からキャリアをスタートさせます。

山形県鶴岡市にある具体的な高校名を調べると、
山形県立庄内農業高等学校があることがわかりました。

明治34年に山形県荘内農学校として開校した古い高校なので、
奥泉和也さんが山形県立庄内農業高等学校を卒業した可能性は高いと思いますが、
廃校となった農業高校かもしれないので、確証はありません。

奥泉和也の業績・実績・受賞歴

  • 2008年 古賀賞受賞(クラゲの繁殖に関して)
  • 2012年 ギネス認定(加茂水族館に対して)

古賀賞とは、動物園・水族館などで個体繁殖において
すぐれた功績団体に授与される賞のことです。

上野動物園の初代園長であった古賀忠道の業績を記念し、
展示動物の増殖と種の保存に資することを目的として、
昭和62年度から実施されています。

奥泉和也がまだアシカの飼育担当をしていた時期は、
加茂水族館は閑古鳥が鳴くほど来館者数が減りつづけ、
いつ潰れてもおかしくない苦しい状態が何年も続きます。

そんな中、奥泉和也さんがたまたまサンゴの水槽で生まれたサカサクラゲを発見。

試しに奥泉和也さんが加茂水族館で飼育展示してみると意外と好評だったため、
アシカの飼育員からクラゲの専任に。

加茂水族館の来館者の行動を観察してみると、
他の水槽の3倍から5倍も長くクラゲ水槽の前に止まっていたことがわかり、
1997年に本格的にクラゲの展示に取り組み始めます。

すると翌年の1998年には早くも
日本一を目指しクラゲの展示数を倍増させてしまいます。

ただクラゲの養殖は一筋縄ではいかず、
ミズクラゲなど泳ぐクラゲを捕まえてきても、
上手に飼育ができずに失敗の連続。

体に空気が入ったり、排水溝に吸い込まれたりしたものの、
そのたびに試行錯誤を重ねて問題の解決に取り組んできました。

2003年にはアメリカのモントレーベイ水族館を抜き
20種類のクラゲを展示する水族館として世界一を名乗るようになり、
2012年にはさらに30種展示まで増やしてギネスに世界一を認定されます。

2012年時点ではすでに加茂水族館はクラゲ水族館として評判となっていて、
新記録となる27万人の入館者数を達成!

2019年現在は2012年のさらに倍となる60種のクラゲを展示中で、
世界でも間違いなくクラゲ飼育でトップ独走中です。

現在はクラゲ水族館館長としての仕事以外に、
自ら「クラゲマイスター養成」と名乗り、自分のノウハウを惜しげもなく披露。

時間を見つけては、目の前の海に船でクラゲを採集に出かけているようです。

奥泉和也(クラゲ水族館館長)の家族構成(子供)は?

「奥泉和也」の名前でフェイスブックを探してみたところ、
それらしい人物を発見することができました。

フェイスブックのプロフィールを見る限り、
結婚して家族がいることは明らかなようですが、
いつ結婚したのか?奥さん・子供の名前や年齢など、
詳しいことまでは分かりません。

クラゲ水族館(奥泉和也館長)の場所やアクセス方法

世界にはおよそ3000種類のクラゲが存在すると言われていて、
そのうち60種・2000匹のクラゲが泳いでいるのが、
直径5メートルの巨大水槽「クラゲドリームシアター」です。

  • 住所:〒997-1206 山形県鶴岡市今泉大久保657-1
  • 電話番号:0235-33-3036

アクセス:
山形自動車道 鶴岡ICより車で16分
日本海東北自動車道 鶴岡西ICより車で12分
羽越本線 羽前大山駅からタクシーで12分

奥泉和也(クラゲ水族館館長)は高校で別に水産関係の勉強をしていたわけではないので、
学問として専門にクラゲを学んでいません。

そのため、ゼロから試行錯誤を重ねていったわけですが、
むしろ専門的な知識がなかったからこそ、独創的なアイデアを生み出せたんじゃないでしょうか。

ちなみに、食べれるクラゲは大きく分けて6種類あるようです。

  • チラチャップクラゲ
  • キャノンボールクラゲ
  • ビゼンクラゲ
  • エチゼンクラゲ
  • ホワイトクラゲ
  • ヒゼンクラゲ
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